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春採神社跡地を訪ねて・3 天寧神社
- 2020/03/05(Thu) -
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春採神社の御神体が愛媛の大山祇神社に返還され、御神体がなくなったお宮はどこへ…。

釧路市博物館の調査によると、天寧炭鉱の記事で紹介した天寧神社に納められているとわかりました。


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これが春採神社のお宮です。

天寧炭鉱は昭和42年に閉山になっているので、その跡地に建てられたのですね。


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中に掲げられた説明板。
太平洋炭鉱の閉山に伴い、旧春採神社本殿の神明造神殿を譲りうけ祀った旨が書かれています。

お宮を譲り受けたのは平成15年9月、それを受けて天寧神社の新しい社を建てたのが10月13日とありました。


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春採神社跡地を訪ねて・2
- 2020/03/04(Wed) -
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場所を移して、4代目社が昭和56年に遷移した紫雲台へ。

この一帯は、かつて太平洋炭鉱が経営していたホテルやプールなどがありました。


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ここにも碑が残っています。

「春採神社鎮座跡地」


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平成十七年十一月吉日建立。

平成14年に太平洋炭鉱の閉山に伴って、春採神社も御神体を愛媛の大山祇神社に返還されました。
その3年後に建てられた碑なんですね。
もしかしたら、14年には御神体を返しただけで、社を解体したのは17年だったのかな。


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紫雲台の春採神社跡地からは、興津のズリ山と建設中の火力発電所が見えます。

ここから炭鉱の安全を見守っていたのですね。


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春採神社跡地を訪ねて・1
- 2020/03/03(Tue) -
安田春採炭山の時代から太平洋炭鉱の閉山まで、炭鉱の山神として信仰されてきた春採神社。
社の位置は2回移っていたそうで、その跡地を訪ねてみます。

(この記事を書くにあたって、釧路市立博物館館報を参考にさせていただきました)


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1代目は春採5丁目にあり、明治23年から安田春採炭山、木村組炭鉱時代の炭鉱を見守って来ました。
その後、2代目は春採7丁目の高台に移ります。


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碑が残っています。

昭和2年にここに移ってきたのが2代目、
昭和35年に同じ場所でコンクリートブロック製の立派な社に変わったのが3代目になります。


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「春採神社鎮座跡地」


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後ろには昭和五十六年十一月吉日建立の文字。

ここから次に紫雲台に移ったタイミングで建てられた碑のようです。


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周りには、神社時代のもののような石が残っていました。


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この立派な石も神社関連かな?


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よ、読めない…。


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尺別八幡宮
- 2020/02/23(Sun) -
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尺別八幡宮。


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鳥居の扁額が、最近プラスチック?に墨で書いたもののようで、
あんまり風情がないな~と思いながら参拝しました。



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お宮の中をのぞくと、先代らしい額が。(太鼓の裏)

こうやって保管されているのはいいな~。


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しかし、ふと覗いた軒下に、先々代らしい扁額が!

上のほうが割れちゃっていますが、こっちも屋内で保管して~~


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