リベンジ 上国富鉱山・5
- 2016/01/31(Sun) -
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恵比寿坑の坑道は社の先で三股に分かれています。

行き止まり。

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こちらも行き止まり。


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どの枝も、15~20メートルほどで終わっています。

上国富鉱山は、この他に大黒坑があったそう。
そちらは雪の下なのか、坑道が埋もれてしまったのか見つけられず…。


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でも、珍しい社のある坑道を見られて、
リベンジ、大満足です!

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リベンジ 上国富鉱山・4
- 2016/01/30(Sat) -
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社の横をすり抜けて、坑道を進んでみます。

上国富鉱山は、銅・鉛・亜鉛の鉱床。

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天井に鮮やかなトルコブルー。

銅の成分の現れかな。

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一升瓶が転がっている。


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支保工の残骸?
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リベンジ 上国富鉱山・3
- 2016/01/29(Fri) -
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ちょうど雪が溶けて、見えていて良かった

中に入ります。


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うわっ!!

社!?


ご神体でも置いていたのでしょうか、
それとも物置き場?

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中には石と木片が転がっています。



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側面に絵が描いてあります。

ハートに矢が刺さった落書き?と思ったのだけど、
その横や下にも線が見えるので、違うのかも…。

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反対の側面。

社は坑道に入ってすぐ、正面に設置されていました。

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リベンジ 上国富鉱山・2
- 2016/01/28(Thu) -
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滝の下坑のその先へ…

あっ、川の中にレールがあります。

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いつも思うけど、こんな山の中にトロッコの道を引いていたの、凄いな。

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だいぶ登ってきました。

目指す坑口はどこに…。

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ありました!

恵比寿坑!

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リベンジ 上国富鉱山・1
- 2016/01/27(Wed) -
共和町の上国富鉱山について、

この記事(上国富鉱山)後に、リベンジした記事を載せていなかったので書きます!


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滝の下坑の先の坑口が気になって、割とすぐに再探索。

少し雪が少なくなったかな。

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滝の下坑!

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でも、雪が少なくなったということは、川の水が増えているわけで…
この川を渡るのが大変でした

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内部。

前回よりも、坑道の様子が分かるように撮れた٩( 'ω' )و

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入口を眺めて。
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脇方 川の中の大石
- 2016/01/26(Tue) -
脇方鉱山を探索していて、

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川の真ん中に鎮座している大きな石を見かけました。

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増水した時に流れてきたんだろうか。

今でもこの場所に留まっているのかな~。

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北海道の雪
- 2016/01/25(Mon) -
本州での雪の話題に便乗して、北海道の様子。

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積雪量は、猫がライオンになるくらい


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石屋製菓にて。

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脇方の廃線跡
- 2016/01/24(Sun) -
あっ、脇方鉱山の記事で、これを載せるの忘れてた

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鉄道の胆振線 脇方支線の橋脚です。

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川の中に一脚、岸に一脚残っています。

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上からみたところ。

なんだか、缶詰のスパムみたい。

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岸にあるほうに近寄ってみます。

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水深を測る表記が残っていました。

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札幌西区 白井の森
- 2016/01/23(Sat) -
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札幌市発寒にある、白井の森。

早歩きすれば、5分もかからないで横断できそうな小さな緑地です。


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由来の碑が立っています。

明治の末、白井栄磨さんという方が木を植えて森を守ってきたために白井の森なのだそう。


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小さいけれど原始林。

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夜になると街頭はつくのかな。
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脇方鉱山(倶知安鉱山)・9
- 2016/01/22(Fri) -
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外に出て、遺構を横から。

積雪が多くて、あまり形を掴めませんね。

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正面から、ちょっと引いて。

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もうちょっと引いて。

こう見ると、段々になっていて、選鉱所のような景色。

遺構の規模が炭鉱みたいで面白いなあ。


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最後に、脇方小中学校の碑に挨拶をして帰ります。


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門柱がぽっこりと顔を出していました。

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脇方鉱山(倶知安鉱山)・8
- 2016/01/21(Thu) -
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反対側の穴にも入ってみましょう。
手前側の草がモサモサとしているほう。

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こちらは崩れかけて、鉄骨が見えています。

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中に入ります。

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こっちは煉瓦じゃないのか~と思ったら、

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途中から変わりました。

所々煉瓦が出っ張っているのは何でだろう。
空気の流れをコントロール?

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突き当り。
最初の穴と同じような造りでした。

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脇方鉱山(倶知安鉱山)・7
- 2016/01/20(Wed) -
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結構高さがあるけど、登って…
(服や手袋が赤く染まってしまいました

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内部を見に行きます。

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煉瓦造り!

なんだか、釜の中に入ったような気持ちになりますね。

あるいは溶鉱炉の中とか。(八雲鉱山の溶鉱炉


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突き当り。
上から落ちてきた雪と水で、氷筍の赤ちゃんができています。

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上部。

煙突のように穴が開いている?
この時は雪が詰まっていました。

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脇方鉱山(倶知安鉱山)・6
- 2016/01/19(Tue) -
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更に奥へ進んで行きます。

途中、赤くない綺麗な池があったり…。


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わっ!

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すごい、大きな遺構です!

ホッパー?選鉱所?風道?
どういう風に使われていたんだろう。


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穴から木が生えてる…。
中に入ってみます!

~~拍手コメントお返事~~
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脇方鉱山(倶知安鉱山)・5
- 2016/01/18(Mon) -
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ん?
丘の上に何かありますよ。

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小さなコンクリートの小屋です。
こっちも火薬庫だったりするのかな。

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床が崩れてガタガタになっていました。

窓の空き方が独特。

火薬が爆発しても大丈夫なように?


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コンクリートは一部崩れて苔が。


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こうやって見ると、トーチカみたいですね。

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脇方鉱山(倶知安鉱山)・4
- 2016/01/17(Sun) -
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季節は移って、雪解けの4月下旬、スノーシューで探訪した様子。

危険品庫が雪に埋もれています。


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鉱山の碑もこの通り。

でも、雪が締まって歩きやすいし、遺構も見つけやすいだろうと期待しながら歩きます。


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赤い沼地を発見。


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コンクリートの壁が見えていたから、鉱山に関係している何かだったのかな。
貯水池だったり中和施設だったり…。

脇方鉱山では鉄鉱石が産出されていたそうです。

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登って沼を見下ろしてみる。

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脇方鉱山(倶知安鉱山)・3
- 2016/01/16(Sat) -
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近くの高台には、脇方小中学校跡の碑が残っています。

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昭和55年建立。

閉校は45年。鉱山が閉まったのが44年なので、本当に鉱山(ヤマ)と伴にあった学校だったんですね。


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校門も残っていました。

草が深い


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銘板はありませんね。


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建物があった場所か、校庭だったのか、草の少ない平地が広がっていました。

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脇方鉱山(倶知安鉱山)・2
- 2016/01/15(Fri) -
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ここを紹介するのには、まず夏の写真から…。


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ちょうどルピナスの美しい時期、2010年の6月に初めて探訪しました。


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これは、危険品庫だったそうです。

きのこ屋のHPさんでお詳しいので、リンク先をどうぞ!


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中はがらんとしています。

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こういう場所でお決まりの、大きな蜂の巣がありましたので注意が必要。


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危険品庫の隣には、「日鉄鉱業株式会社 北海道鉱業所 倶知安鉱山」の記念碑。

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脇方鉱山(倶知安鉱山)・1
- 2016/01/14(Thu) -
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かっこいーー!!

炭鉱じゃなく鉱山で、こんなに大きな遺構はあまり見かけません。

さすが、鉱石運搬専用軌道が引かれるほどの鉱山。

坑口はどこにあったんだろう、気になる…。


つづく

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まっしろしろすけ
- 2016/01/13(Wed) -
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サムネで見たら可愛らしかったのに、大きな写真で見ると微妙…。

東金山鉱山にて。

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坑道の青
- 2016/01/12(Tue) -
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まだ、坑道内を撮ることに慣れていなかったときの写真。

岸壁の色が青。


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これって、藍銅鉱の色だったりしないかな。


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猫耳
- 2016/01/11(Mon) -
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というより、悪魔ツノ?

かわいい氷筍。

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えみもいごご
- 2016/01/10(Sun) -
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えももみいご?


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組み替えて「もえるごみ」にならないかと思ったけど(*´~`*)

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小さな樹氷
- 2016/01/09(Sat) -
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笹の先に小さな樹氷。


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空から降った雪ではなくて、
川のしぶきや蒸気が付着して育ったんじゃないかな。


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温泉水の流れる川。

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道立産業共進会場 閉館
- 2016/01/08(Fri) -
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3月末に閉館してしまうそうですね。

昔の月寒グリーンドームという名前が一番なじみ深くて、1988年に食の祭典を見に行った思い出があります。

(名称は、月寒グリーンドーム→月寒アルファコートドーム→北翔クロテック月寒ドーム→
月寒グリーンドーム→ケーズデンキ月寒ドームと変遷。めまぐるしい

あと、大事MANブラザーズバンドが歌っていたイベントもあったような気がするけど…こちらはもしかしたら記憶違いかも。

ドームが老朽化しているとのことで、解体されてしまうんだろうなあ。
寂しいです。

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旭山動物園のキリン
- 2016/01/07(Thu) -
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キリンつながりで、こっちは旭山動物園のキリン。

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旭山動物園でも、去年7月に、出産を控えたキリン「マリモ」が亡くなりました。

この子はマリモか、雄の「ゲンキ」か分からないけれど…。

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その後10月に、アメリカから雌のキリンがやってきて、
「結(ゆい)」という名前に決まったそうです。

名前のように、新しい命を結んでいってほしいですね。

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これはキリンの高さで景色を見られる、キリン・ペリスコープ。

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この時(2010年)は故障中で使用できませんでした。
今は直っているかな~。

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円山動物園のキリン
- 2016/01/06(Wed) -
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申年の猿の写真を探していたら、去年の円山動物園のキリンの写真が出てきました。


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たぶん、左側の小さいほうが、去年の8月に亡くなったナナコ。
あまり手前に来なかったので、気の小さい性格だったのかな。

新しくなったアフリカゾーンへの移動のため、檻の慣らし中に亡くなったそうです。


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これは赤ちゃんキリンの模型。

雄のユウマとナナコの間に、ナナスケという子供が生まれたそうです。(2011年)
しかし、ナナスケも日本平動物園に移ってから、2013年に亡くなっているそうです

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冬の三笠幌内炭鉱布引坑・7
- 2016/01/05(Tue) -
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その他、いくつか撮った写真を載せておきます。

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風道の中。
とっても冷えるし、床がツルツル。


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前に、近未来的、と載せたトンネル出口。

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光の差し込む坑口。

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雪帽子の赤レンガ。

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バイバイ、また来るね。

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冬の三笠幌内炭鉱布引坑・6
- 2016/01/04(Mon) -
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巻き上げ機室の床の溝。

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ごちゃごちゃと物が落ち込んでいますが、

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隅っこで油の膜が固まっていました。

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重そうな扉。
これ、外すの大変だっただろうなあ。

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その横に立てかけられていたガラス。
やけに可愛い色合いだけれど、どこに使われていたんだろう?

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冬の三笠幌内炭鉱布引坑・5
- 2016/01/03(Sun) -
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巻き上げ機室に戻ります。

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内部。

以前、布引アートプロジェクトで、窓に張られていた色セロファン、しばらく残っていたのだけど、剥がされて良かったな。


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雪の上に小動物の足跡。

ここで動物たちが遊ぶ様子を、こっそり眺めてみたい気がします。


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女子カメラ的な素敵さ。

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今年は
- 2016/01/02(Sat) -
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申年ですね

あっ、去年作った円山動物園の年間パスポート、
一回しか行っていないのに期限が切れる

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