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GWの発見・2
- 2019/04/30(Tue) -
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こっちの坑口も素敵


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苔がモリモリで、昔の音楽家みたいになってます。


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GWの発見・1
- 2019/04/29(Mon) -
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A鉱山の記事の途中ですが…

とっても素敵な坑口を見つけたので。

岩盤を脈に沿って掘り進めたようで、
函状の深い水路のような道を登り詰めたところに、大きな坑口!


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函状なのは、坑道の天井が落ちたからかも。

アーチのように一部の天井が残っていました。

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オホーツクのA鉱山・4
- 2019/04/28(Sun) -
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奥へ進んでみると、なんと二段になった坑道!

登ってみたかったのですが、足がかりになる場所がなく、この場所では諦めます。


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二中段と書かれた木の札が落ちていました。


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さらに進むと、また上に坑道が現れました。

立てかけてあった木に足を掛けて覗いてみると、


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天井の低い広いスペースが広がっているようです。

さっきの二中段とつながっているのかもしれません。


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戻って、竪坑近くの坑木が散乱している個所。


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坑道内から坑口を眺めて。


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オホーツクのA鉱山・3
- 2019/04/27(Sat) -
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中は乾いた坑道です。
足元に等間隔で枕木が置かれ、


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レールが残っている個所も。


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足元に、深い深い竪穴が。

三脚が立てられる範囲での撮影ではこれが限界ですが、
覗きこむと垂直に穴が伸びているようでした。


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竪坑横には支保工では木材が散乱していました。
足場などに使っていたのでしょうか。

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オホーツクのA鉱山・2
- 2019/04/26(Fri) -
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更に上の坑口を探してみます。

きつい斜面を登っていくと…


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坑口!
ありました!


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もう少し経ったら、土で埋まってしまいそうな坑口ですね。


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中に入ってみます。


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オホーツクのA鉱山・1
- 2019/04/25(Thu) -
昭和30年代に盛んに採掘されたマンガン鉱。
かつては八雲、大江、稲倉石鉱山が北海道の産出量の4/5を占めいていたそうですが、
オホーツクにも著名なマンガン鉱山がいくつもありました。


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その中の一つを探索してみます。

最初は川に沿った林道を歩いていきますが、途中で道が無くなり、
川を右、左と、渡河しながら遡って行きます。


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川には赤や青の岩がゴロゴロ。


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一番標高の低い坑口と建物があった辺りにやってきました。

池ができている所が坑口跡?
埋もれてしまったようです。


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平地には地面から突き出たレールや、


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この形状、他の鉱山でも見た!な機械部品や、


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釜やパイプなどが転がっていました。


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庶路炭鉱近くの吊り橋
- 2019/04/24(Wed) -
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庶路炭鉱跡近くの吊り橋、
昔からこんな姿だけど、よく残っているなあ。


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傾いて、足元の板もほとんど抜け落ちて…


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通行止めの看板も年季が入っています。


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これは…通行止めじゃなくても渡れないでしょう。



~~拍手コメントお返事~~
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炭鉱街の火葬場跡・2
- 2019/04/23(Tue) -
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お堂の奥にあった火葬炉。

煉瓦製で、小さな物置くらいの大きさです。


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鉄製の大きな煙突が倒れていました。


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上に滑車がついているのは、重い扉や台車を持ち上げるためでしょうか。


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頑丈な鉄の扉。


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後ろから見ると、古い炭鉱の遺構によく似ています。


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横にはトタンや鉄材が散らばって、隣接していた建物があったことを思わせます。


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炭鉱街の火葬場跡・1
- 2019/04/22(Mon) -
某炭鉱街の火葬場跡。


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残っていたとしても、建物の基礎くらいかな、と思いながら川を遡ってみました。


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ん、何か見えてきた!


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赤いお堂と火葬炉が残っていました。


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お堂は現役と言っても差支えのないような損傷の無さ。


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中には卒塔婆と仏様の像。

卒塔婆に書かれている享年は昭和40年代のものが多かったです。

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音別町の大きな橋
- 2019/04/21(Sun) -
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音別町から尺別八幡宮近くに行く細い道を走っていたところ、
突然現れた大きな橋。

橋の上の道はカーナビに載っていないのでびっくりです。


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左側の橋脚には音別町の花だったエゾリンドウの花。


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右側には音別町の町木のナナカマド。

上を走っているのは農道かな。
どうしてこんなに立派な橋が建っているのか不思議です。


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存在が
- 2019/04/20(Sat) -
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消えかけている思い出のようになっている…。


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夕張市石炭博物館
- 2019/04/19(Fri) -
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朝のニュースで、石炭博物館の模擬坑道で火災が起きていることを知りました。

夕方の時点で、まだ鎮火しておらず、坑内の石炭層に引火したのではとのことです。


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模擬坑道はすぐ横にある天龍坑の補助坑道として実際に採炭を行っていた坑道でした。

立派な大正時代の煉瓦巻坑道。


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坑内は広く、たくさんの採炭機械が展示されていました。


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本物の石炭層。

6尺層と8尺層が見えていて、実際に触ることができました。


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自走枠が設置され、実際の採炭作業現場が再現されている個所。
ボタンを押すと、大音量でドラムカッターが回って、石炭がベルトコンベヤーで運び出される展示もありました。


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天井も、飾り矢木で覆われていますが、その中は石炭層です。

この消火用の水のバックには水が入っていたのかな。
でも、この規模の火災なら歯が立たなそうです…。


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8尺層と、排水のポンプ?
この辺りでは硫黄の香りが漂っていました。
どこかで硫黄泉が湧いているのかもしれません。


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主要坑道の脇に、小さな手掘り?坑道。
この中にも入ってみたいな~なんて思いながら見学していました。


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これから、注水での消火が行われるのでしょうか。

どうか、少しでも多くの歴史を伝える物たちが残っていて下さい…と願うほかありません…。

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尺別炭鉱 正楽寺跡(大谷派尺別説教所)
- 2019/04/18(Thu) -
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松蔭寺と一緒に、同じく緑町にあった正楽寺を探してみます。
始まりは明治36年に尺別原野に建てられた大谷派尺別説教所。
昭和22年にここ緑町に移転し、名前を正楽寺と変えたそうです。

住宅街の奥へ、沢を登っていくと…


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生活道路だったような橋の跡。


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正楽寺の跡地。

土台などは残っていませんね。


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崩れたコンクリートの壁のようなもの。
これが唯一の遺構かもしれません。

正楽寺も尺別炭鉱の閉山に伴って廃寺となりました。

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尺別炭鉱 松蔭寺跡(曹洞宗尺別炭鉱説教所)
- 2019/04/17(Wed) -
尺別炭鉱街に戻って、緑町にあった、松蔭寺跡を探してみます。

元は曹洞宗尺別炭鉱説教所として、昭和18年より前からあったお寺です。
昭和24年に福井県から松蔭寺が移され、名前が変わったそう。


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新尺別駅跡の近くにありますが、鹿柵に阻まれて容易に近づけない…。
遠回りして行ってみます。


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大きな四角い基礎。
これがお寺の跡でしょう。


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長細い長方形。


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盛り上がった台座もありました。


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近くに、住居だったような建物跡も。

尺別炭鉱の閉山に伴って廃寺となり、本尊などは白糠町に再興された松蔭寺に移されているそうです。

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釧路町 昆布森神社・2
- 2019/04/16(Tue) -
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神社横の忠魂碑から、さらに横の水産業者の敷地内に、小さな社が見えたので寄ってみます。


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水産業者の社?昆布森神社の社?


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手前に残っている鳥居の跡が、尺別炭鉱大山誠見神社の奥の鳥居の跡を思い出させます。

サイズ的にも同じような…


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尺別炭鉱からここに移された…だったらとっても嬉しいですね。
それは願望が入り過ぎか


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釧路町 昆布森神社・1
- 2019/04/15(Mon) -
大山誠見神社の御輿が移されたという釧路町の昆布森神社。


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町の入口にある、大きな神社です。


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毎年お祭りも開催されているそう。

祀られているのは、豊受大神、 大國主神、事代主神。
他に、創祀不詳で昭和40年10月2日合祀された神様として山神社、大山祇大神がありました。
(これが尺別炭鉱大山誠見神社?尺別炭鉱の閉山が昭和45年なので年が合わない…)


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庭石が集まっているような一角に、


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「○○神」と書かれた石。
山神?地神?


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神社の裏にある倉庫。
ここに神輿が保管されているようです。

中は見られませんでした。
祭りの時に来てみようかな。


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なぜかひっくり返っている手水鉢。


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神社の敷地の横に、忠魂碑もありました。

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尺別炭鉱 大山誠見神社・2
- 2019/04/14(Sun) -
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登った先には社殿があった平地。


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平らな岩。
何かの土台だったのかな。


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平地の奥にポンポンと二つ残る円筒状の台。


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鉄製のビスが飛び出しています。
鳥居の根元のようでした。


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四角い建物の跡。

平地の奥にあったことと、規模がやや小さめのことから、本殿の他に小さな社があったのではと思いました。

この大山誠見神社にあった御輿は、釧路町の昆布森神社に移されたそうなので、
後日、昆布森神社にも行ってみました。

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尺別炭鉱 大山誠見神社・1
- 2019/04/13(Sat) -
尺別炭鉱街の中心部に位置する緑町。
その住宅街を見下ろす高台に大山誠見神社はありました。

大山誠見神社って何と読むのかな、と調べると、尺別炭鉱の守り神の神社ということで、
山や鉱山の神社として知られる大山祇(おおやまづみ)神社と同じようです。

炭鉱が栄えてきたときは御神輿を担ぐ盛大なお祭りが開かれたりと賑わいのあった神社でしたが、
昭和45年の尺別炭鉱の閉山に伴って社殿が解体されたそうです。
(音別町史より)


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大山誠見神社に通じる橋の跡。


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車も通れそうな幅のある橋脚です。


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橋を渡ると道は右に曲がっています。
カーブの先で見上げる丘の上に神社がありました。


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結構雪が残っていますが
まっすぐ参道を登ってみます。

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春先の穴
- 2019/04/12(Fri) -
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釧路町の炭鉱を散策中、斜面に小さな穴を見つけました。


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地形的に坑口ではなく、動物の巣穴のよう。


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熊にしては小さいので、覗きこんでみました。
キツネ穴かな?


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近くの泥地には、イヌ科の足跡がありました。


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春先の青
- 2019/04/11(Thu) -
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崖から流れる細い沢が凍ってできた氷瀑。

こんな青い色になっているなんて、気づきませんでした。


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今までは表面が雪で白かったんじゃないかなあ。
だから気づかなかったのでは。

陽気で溶けて、内部の青が出てきた気がします。

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尺別炭鉱専用鉄道 橋脚跡
- 2019/04/10(Wed) -
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尺別炭鉱小中学校の裏手に、昔は尺別炭鉱専用鉄道が敷かれていました。
尺別炭鉱の閉山に伴い、昭和45年に廃止。


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鉄道が尺別川を渡る地点では、立派な橋脚跡が残っていました。


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こちらは人が渡る道。
健保会館や栄町に通じています。


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銘板が無くなっていました。
昔は名前のある橋だったのですね。


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尺別炭鉱小学校 幼稚園跡
- 2019/04/09(Tue) -
尺別炭鉱街の始まりにある錦町。
そこには、尺別炭鉱小学校・中学校・幼稚園が集まって建っていた一角がありました。

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今は広い農地になっているのですが、校門のような柱が建っているのが気になって近くまで行ってみました。


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雪がちらつく中、見えてきたのは…


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尺別炭鉱小学校と幼稚園の校門!


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右側の門には、


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名前が割れていますが小学校の文字。


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左側の門には、


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園の文字が残っています。


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学校の建物は木造だったようで、痕跡は残っていません。

小学校は大正時代に尺別尋常小学校附属尺別炭砿特別教授場として開校し、
ここ錦町に移ってきたのは昭和18年のことだそうです。

昭和45年に尺別炭鉱が閉山すると急激に人口が減少して閉校となりました。
小学校の校舎はは閉校後牛舎として使われたこともあるそうです…。


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春に芽吹く
- 2019/04/08(Mon) -
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今の時期、野山を歩いていると地面に白い塊を見つけることがあります。

抜けた鹿の毛?と思ってよく見ると、菌糸のよう。

あちこちに湧いていて、春だな~と思います。


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音別町 旧直別トンネル・4
- 2019/04/07(Sun) -
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トンネル内にはパイプがあり、茶色い泥を吐き出していました。


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トンネル側面の退避所。


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裸電球が残っています。


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旧厚内トンネルと比べ、痛みが少ないです。


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直別側の出口はやっぱり水が溜まって進めません。


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尺別側に戻ってきました。

廃トンネルをこんなふうに土砂で封鎖することもあるんですね。


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外に出て旧線のカーブを眺めて。


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音別町 旧直別トンネル・3
- 2019/04/06(Sat) -
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直別側の坑門を後にし、反対側に回ってみます。

まだ雪が多いので、スノーシューを履いて歩きました。


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で見えてきたものは水関係の施設。
直別では飲み水を調達することが難しく、鉄道職員の飲料水を分けてもらったり、
直別隧道の湧水を利用したと資料にあったので、ここの水が使われたのでしょうね。


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こちらも隙間が少ないですが、斜面が急ではないので中に入ってみます。


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内部。
こちら側には水は溜まっていません。

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音別町 旧直別トンネル・2
- 2019/04/05(Fri) -
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煉瓦とコンクリートを合わせた造りですね。


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壁にはかわいい三角形。
よつばとのダンボーみたい。


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坑門は土砂で埋められているみたい。
小動物が出入りした跡があります。

覗いてみると…


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水が溜まってる!

入口が狭く、その先が急斜面になっていることもあって、ここから入ることは諦めます。


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小さな氷筍ができていました。

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音別町 旧直別トンネル・1
- 2019/04/04(Thu) -
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旧厚内トンネルとセットで、旧直別トンネルも訪ねてみました。

現役の線路の保線のためのような道路が伸びています。


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現在の直別トンネル。

その右側に旧トンネルが見えています。


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線路をどうやって越えるのか、心配していましたが、
トンネル横を登っていく鹿道がついていました。


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旧線のそばに降ります。

鉄網の柵が残っていました。


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旧直別トンネル!


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崖に潜むシロクマ
- 2019/04/03(Wed) -
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この画像、小さいサイズで見ると、白熊がいる!と思いませんか?



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大きな元写真だと見えないんだよな~。



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このマークにも似てる?


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雪に埋もれた
- 2019/04/02(Tue) -
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こちらは現役の仏具屋さんの宣伝?


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雪に埋もれた聖徳太子かな?

己の境遇に憮然としているように見えます。


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2019年 4月1日
- 2019/04/01(Mon) -
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毎年、ちょっとあれな場所や出来事を紹介している4月1日。

今回は、過去のイン ジ エアの廃墟ページからサルベージしてみました。


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道央某所にある霊場。


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少し回るだけで、こんな光景があちらこちらに…。


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ちょうど関係者の方がいらしていたので、撮影の許可をいただけました。

こんなに荒れたまま放置されている経緯など、訊いてみたら良かったかなと思います。


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地に伏している観音様。


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夕日が当たって神々しい姿の方も。


~~拍手コメントお返事~~
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