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釧路町 天寧炭鉱(東釧路炭鉱)・2
- 2020/02/29(Sat) -
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600メートルほど移動して、天寧炭鉱北坑。

川沿いは痕跡は分からないなあ。


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あっ、ここはそれっぽい凹み。


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北坑には8個ほどの坑口があったようです。

さらに東には東坑がありましたが、それは自衛隊基地内なので探索は不可。


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北坑の横に、ズリ地形が見えているので登ってみます。


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釧路町 天寧炭鉱(東釧路炭鉱)・1
- 2020/02/28(Fri) -
大正2年より開坑した天寧(てんねる)炭鉱。
一時期、太平洋炭鉱株式会社の所有となったこともありましたが、
昭和25年から北日本鉱業株式会社工業権を取得し、東釧路炭鉱と名前を変えて稼業されたそうです。
閉山は昭和42年。


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まずは、目印となる天寧神社へ。

この社の中を覗くと、太平洋炭鉱に関係する面白いものがあるですが、それはまた後で…。


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神社から見下ろして。

東釧路炭鉱になってからは3tの巻き上げ機で斜坑から石炭を揚げていたそうです。
今は坑口跡は分かりません。

それでは、大正時代の古い坑口を探してみます。


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テンネル第一チャシ跡。
この岩盤の横に、天寧炭山西坑がありました。


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坑口は4つほど並んでいたようです。

所々にヤチボウズが顔を出す湿地帯を抜けて傍まで行ってみます。


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陥没した斜面。


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この陥没跡からは水が出ています。
無色無臭の水ですが、天寧炭鉱では湧き水が多かったようなので、ここが坑口跡だったのでは。


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坑口跡からの風景。


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道東の青い池
- 2020/02/27(Thu) -
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凍った湖にかかる影が青くて綺麗


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阿寒町 赤堀炭鉱・3
- 2020/02/26(Wed) -
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あっ、ここもズリが積もっています。


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登ってみると、崩れて水が少量出ています。
ここが坑口跡みたい。


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坑口跡っぽい個所の下、川底付近からは赤いドロドロとした水が出ています。


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この、突き出した二本の木、人が加工したものみたいですね。

坑口の支柱だったんじゃないかなあ。


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すぐ横に、もう一つ赤い水が出ている個所。


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当時の瓶かな?

遺構は少なかったけれど、小炭鉱跡としては残っているほうだと思いました。


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阿寒町 赤堀炭鉱・2
- 2020/02/25(Tue) -
過去の記事を確認していたら、阿寒町赤堀炭鉱が1の記事だけで、続きを書いていなかったことに気づきました

エアぶろ 阿寒町 赤堀炭鉱・1

書いたと思って、隣の古潭炭鉱の話に移ってしまったんだよな~~

なので、赤堀炭鉱の続きを…


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赤堀炭鉱入り口の木造民家を後にして、採掘現場まで行ってみます。

砂防ダムを見ながら、当時のものっぽい道を歩いていくと、


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沢が狭くなり、道は不明瞭に。


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おっ、なんだかそれっぽい景色。


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この黒い小山はズリですね。


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もう少し上流に行くと、薄く縦になった炭層が露出している所がありました。


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西洋磁器みたいに
- 2020/02/24(Mon) -
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凍りついた落ち葉。

踏むと、パリパリではなく、サクサクしていました。


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尺別八幡宮
- 2020/02/23(Sun) -
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尺別八幡宮。


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鳥居の扁額が、最近プラスチック?に墨で書いたもののようで、
あんまり風情がないな~と思いながら参拝しました。



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お宮の中をのぞくと、先代らしい額が。(太鼓の裏)

こうやって保管されているのはいいな~。


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しかし、ふと覗いた軒下に、先々代らしい扁額が!

上のほうが割れちゃっていますが、こっちも屋内で保管して~~


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坂井製作所 発動機の看板
- 2020/02/22(Sat) -
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阿寒湖温泉で見かけた、発動機の看板。

サカイ 石油発動機


メーカーは違うけど、青葉炭鉱第三坑にあったものと似ています。


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選鉱所?
- 2020/02/21(Fri) -
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大きいな!

レールも残っていたので、かなりの規模だった様子。


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浜中町 国光鉱山・3
- 2020/02/20(Thu) -
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もう一つ、名前のついていない坑口が離れた所にありました。


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岩の隙間に潜り込んでみると…


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青い水を湛えた坑口!

たまたま、ここを管理しているかたにお話しを聞くことができたのですが、
この坑口の奥を調べるため、ダイバーを頼んで潜ってもらったことがあるそうです。

中は二股になり、坑道が続いていましたが、水の濁りがひどくなって、最奥までは行けずに戻ったそうです。


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坑口の周りの曲がったレールは当時のもの?


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坑道の水が流れてきて、水たまりになっている個所もありました。


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浜中町 国光鉱山・2
- 2020/02/19(Wed) -
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坑口のあるほうに降りてきました。

火薬庫があったのは、この山の上でした。


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以前に探索した瑞祥第一坑。

板で塞がれているようです。


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瑞祥第一坑の20メートルほど北側にも、坑口があったようなのでさがしてみます。


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崩れた岩が重なり合って、怪しいところ。


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このあたりに坑口があったようですが、見つかりませんでした。


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浜中町 国光鉱山・1
- 2020/02/18(Tue) -
浜中町の国光鉱山。
昔見つけられなかった火薬庫を探してみました。


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2014年の坑口の様子↑

エアぶろ 道東の国光鉱山・1



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火薬庫へ至る道は無く、鹿道を登って行きます。

笹が枯れていないと厳しそう。


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あっ、凹んだ地形が見えてきました。


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あーー、建物は無くなっていますね。

火薬庫はたいてい頑丈に作られているので、完全に撤去されているのは珍しいです。


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四角く土塁で囲われた窪地は、並んで二つ。


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火薬庫があった窪地に降りて、土塁の入り口を眺めたところ。


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アンテナが立っていましたが、現役の施設のものでしょう。


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火事!?
- 2020/02/17(Mon) -
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いいえ、冬の湿原号の煙。

こんなに辺りが真っ黒になるんですね~。


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廃止後の尺別駅
- 2020/02/16(Sun) -
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現在のJR尺別駅。



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入り口上の文字が消されています。


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キツネ's
- 2020/02/15(Sat) -
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何か狙っている目をしている…。


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音別町 二俣神社(上音別神社)・2
- 2020/02/14(Fri) -
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明治40年に建てられた時には小祠でしたが、老朽化したため昭和44、45年に新しく神殿が建てられたそうです。


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境内に、丸い忠魂碑がありました。

音別町史に由来が載っていて、元々は日露戦争で戦死した個人の慰霊のために建てられたものを、
のちに上音別地区全域の忠魂碑として祀ったそうです。


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裏には大正五年の文字。


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その横に立っていた、文字が全く読み取れない石碑が気になる…。

こちらは町史にも記載がありませんでした。


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音別町 二俣神社(上音別神社)・1
- 2020/02/13(Thu) -
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R1年1月、開かずの神社が開いていました!

音別町二俣神社(上音別神社)。


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牧草地を通って行かないと行けないので、春夏秋は門が閉まっているのです。

雪のある間は門が開いているのかな~と思ったら、2月には閉まっていたので、
松の内の期間だけの開放かもしれません。

明治40年建立、天照大神を祀っています。


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鳥居側の門も開いています。


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この太鼓橋渡りたかったんだ~~。


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社殿です。


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木の瘤オブジェ
- 2020/02/12(Wed) -
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民家の庭先に置いてあった木の瘤。

所々開いた穴に、瓶が嵌められているの、灰皿などに使っているからなのかな。

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R1年 大楽毛海岸のジュエリーアイス
- 2020/02/11(Tue) -
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あれっ、今年は不作かな?

去年の大楽毛海岸 ジュエリーアイス


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たまたま、この時は風向きや波の強さの具合で、打ち上げられる氷の数が少なかっただけかもしれません。


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本厚岸郵便局跡
- 2020/02/10(Mon) -
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JR厚岸駅から厚岸大橋を通った本(もと)厚岸エリアに、昔の郵便局の建物がありました。

本厚岸郵便局自体は、この近くに新し建物になって営業を続けています。


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平成10年 郵便番号が7ケタに

歴史を感じる張り紙です。


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建物の後ろ


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倉庫?

規模の大きな郵便局だったようです。

周りには飲食店が何軒もあり、昔は栄えていたエリアだったんだろうなあ。


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厚岸町 糸魚沢炭鉱・3
- 2020/02/09(Sun) -
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また違う支流を遡ってみると、沢沿いに規則的に杭が並んでいるのが見えました。


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石炭を川で洗って選炭した場所では…。


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その脇の小山はズリ山っぽい。


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細かいズリ。


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斜面の上には潰れた坑口跡のような、凹みが数個残っていました。


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厚岸町 糸魚沢炭鉱・2
- 2020/02/08(Sat) -
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小沢から降りてきて沢の本流に出ました。

なんとなく小炭鉱跡の雰囲気がありますね。


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凍らない黒い水が出ている個所がありました。


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硫黄泉っぽいけど、硫黄の香りはせず。
ここも坑口跡だと思われます。


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50メートルほど離れて、赤い水が出ている個所も。


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細かい石炭が転がっています。


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厚岸町 糸魚沢炭鉱・1
- 2020/02/07(Fri) -
釧路炭田のなかでも、一つだけ外れた厚岸町にあった糸魚沢炭鉱。
歴史は古く、明治12年ころから試掘され、昭和8年から採炭が始まりました。

しかし、炭層が薄く連続していなかったため、稼業していたのは断続的だった様子です。
昭和34年には小川鉱業が採掘していましたが休山に至り、そのまま35年に閉山となりました。


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炭鉱跡までの道。

凍ってスケートリンク。


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さて、この笹薮を突破して沢に降りる…。

いまいち、どのルートで行くのが正解か分からない所なので強行突破。


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沢の始まりが見えてきました。


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沢に降りると、開けていたので一安心。

ここは炭鉱跡の一番西側と思われる小沢。


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あっ、このオレンジの水が出ている所が坑口跡では。


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近くに石炭も転がっていたので、合っていると思います。


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風に揺れる
- 2020/02/06(Thu) -
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小さな窓から入る光に、
外の枯れ草の影が揺れていました。


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パチンコ屋ドライブイン
- 2020/02/05(Wed) -
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パチンコ屋と併設していたドライブイン廃墟。

覗くと、スロットのリールが床に積まれていました。


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阿寒湖近くの野湯
- 2020/02/04(Tue) -
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阿寒湖温泉近く、まりも国道沿いに、モクモクと湯気が上がっている一角がありました。


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温泉!

手を入れてみると温かい。


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パイプが立っているので、利用されていたこともあるお湯なのかな~。


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茶路の社跡
- 2020/02/03(Mon) -
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道道392沿いに、小さな社跡。


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中は空で、建物だけ。

小さな社なので、お地蔵様が居たのかな。

道のカーブの横にあるので、交通安全祈願かな。


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板に装飾もされていました。


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どうやって渡ろうか
- 2020/02/02(Sun) -
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うーーん、この橋はちょっと…。

横の鉄網部分も抜けている個所があってちょっと…。

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加利庶の道路
- 2020/02/01(Sat) -
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加利庶炭鉱跡には、昔の鉱山道路(馬車軌道)ではない林道が通っています。

炭鉱が栄えた頃より後に敷かれた道路だと思うのですが、
今は通る人はいないようです。


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道路の真ん中に松が生えている状態。

せっかくなので、終点まで歩いてみましょう。


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ここが終点ですね。

特に建物などがあった様子もなく…
造林のための道路だったのでしょうか。


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終点の駐車帯標識。

こちらから見ると片側だけですが、


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裏から見ると道の両側に駐車帯があった表示になっています。


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