常呂鉱山(留辺蘂金山)・1
- 2017/03/11(Sat) -
H26年春に、留辺蘂町の常呂鉱山(留辺蘂金山)を探索した時の記事を。


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常呂鉱山と、


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留辺蘂金山。

とても近い位置に同じような碑が建てられています。

資料を調べてみると、留辺蘂金山は常呂鉱山の鉱区の一部であり、常呂鉱山の従業員が発見したとありました。
(鉱区内で従業員が見つけたら、権利とかどうなったんだろう…)

常呂鉱山の碑の裏を読むと、

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「昭和三年に秋田県小坂鉱山経営の藤田組が金鉱の採掘を開始したが、
昭和三十九年廃鉱となった」と書かれています。


留辺蘂金山は、

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「昭和五年 宮野泰助らにより試掘が開始された 昭和十一年優秀鉱と宣伝されるに及んで
小樽市の糸井良七が買収 十三年には東邦鉱業(株)の手に移った
一時は従業員と五十名余りもかかえるほど盛んであったが戦争の激化にともない昭和十八年に廃鉱となった」
と書かれています。

常呂鉱山のほうが留辺蘂金山より規模が大きくて操業していた期間も長いのに、説明の濃さに差があるなあ。

この碑を建立したのは留辺蘂町。
常呂鉱山の経営が本州の財閥だったから面白くなかったのかな?なんて考えてしまいます(´∀`*;)ゞ


碑を読むだけでも楽しいのですが、この辺りには坑口もあったはず!
探索してみましょう。

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