消えた東山聖苑の謎・3
- 2008/09/06(Sat) -
それでは、苦手なんだけど周辺の店舗で聞き込みをしてみます。
この付近には、古くから営業している店がまだ残っています。

そこで分かったことを並べると…。

・昭和57年ごろ、東山聖苑が金色の観音像を建てた。
・夕張の町(本町?)からどこでも見られるくらいの観音像だった。
・東山聖苑は88ヶ所の小さな地蔵なども集めた大きな規模の宗教施設だった。
・でも観音像は割りと粗末な造りで、すぐにボロボロになった。
・経営も悪く、2~3年で行き詰っていたところ、大阪の石切神社がここは霊山だと言って東山聖苑から場所を買い上げた。
・その時、観音像も全て更地にして石切山神社に譲渡した。
・石切神社も信者の減少から、2年前に引き上げた。


ほとんどの謎が解明しました。
そっか、観音像はもう見られないんですね。
(お話を聞かせてくださった方々、ありがとうございました)

330-03.jpg

想像して描いてみました。描き終ってからこれじゃ絶対小さいと思いました。
当時の写真をお持ちのかた、見せてください!熱烈希望中!!


完全に場所を譲ったから、観音が神社になったんですね。
さすがに神仏混合はあんまりないよな~と思っていたら、
その後、古書店にあったガイドブックに東山聖苑に関する記述をみつけました。


以下引用~~
昭和56年、北炭夕張新鉱で、死者93人を出すというガス爆発の大惨事が起きた。
これらの犠牲者の霊を弔おうと夕張市の中心部、市内を見下ろす小高い丘の上に東山聖苑が生まれた。
朱色の鳥居をくぐると240段の石段が続く。
山上には高さ25メートルの東山救世教大観音、隣の炭鉱殉難者慰霊碑の傍らには56年の爆発事故で燃えた石炭が置かれ、事故の恐ろしさを物語っている。
深い木立に囲まれた苑内には、日本一の神仏の森をキャッチフレーズに造成されたお稲荷さま、北野天満宮、西国88ヶ所霊場などのほか、
七福神など八百万の神や仏が勢ぞろい、夕張名所のひとつとなっている。

他のガイドブックには、
「700体にもおよぶ神仏が安置されていて、一大観光霊場になっています」
と書かれていました…。

なんてごった煮……。



~拍手コメントお返事~~
夕張にそんなスポットが?>
私も全く知らなかったので、調べて驚きの連続でした。

早速調べて~~>
おお!何か新事実が判明しましたら教えてください!

kent100さん>
もし当時の写真などお持ちでしたら見せていただけませんか?
当時、北海道一の大きさだったそうですね。芦別のが出来たのはこの後みたいです。

観音様はいずこに?>
どこかに移ったと思ったら、解体されてしまったようです…。




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