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阿寒町 阿寒褐鉄鉱山・1
- 2019/11/06(Wed) -
現在も活火山として注目される雌阿寒岳周辺に、火山活動によって生成された褐鉄鉱床が点在しています。

褐鉄鉱床は鮮やかな赤やオレンジ色をしていて、オンネトーの近くの鏡沼鉱床は観光地としても知られています。

そんな褐鉄鉱床の中でも、規模の大きさを誇る阿寒褐鉄鉱山を探索してきました!

阿寒褐鉄鉱床は昭和33年に発見され、35年に岩田鉱業株式会社によって採掘開始、
採れた鉱石は、室蘭製鉄KKに出荷されたそうですよ。


6041-01.jpg

まずは、阿寒褐鉄鉱山最大の鉱床、第一鉱床を訪ねてみます。

こんな林道を進みます。

道の真ん中に松が育って、長い間使われていないようです。


6041-02.jpg

林道を上り詰めたあたりで、滝の音が聞こえてきます。

沢を見下ろすと赤い川が見えて、テンションが上がります。


6041-03.jpg

しかし!この先で林道が崩落。

この斜面を降りるのはかなり危険…。

なんとか迂回し、木を手がかりに降りられるところを探しました。


6041-04.jpg

沢まで降りました!


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コメント
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お久しぶりです^^

なるほど、道東にもあったとは聞いていましたが、雌阿寒の辺にも鉄鉱山があったんですね!

で、室蘭の製鉄所に出荷していたと^^

すごく勉強になります。

ところで、当時の日本社会は、まだ戦争の余波がかなり強く、つまりシーレーンが途絶し資源輸入が止まり、エライ目に遭った人たちの体験が色濃く残っていた模様です。

だから、国産資源に対する補助金(石炭の買取価格などが代表的)が、けっこう潤沢だったんですね。

しかし、各種技術の進歩と、船舶による世界的な貿易機構の発達に伴い、いずれも海外の輸入品に押されてしまい、昭和4・50年ごろになると、国産の鉱物資源は、先が見えてしまいました><

ちな負け惜しみ(?)なのか、本当はまだあるのに、枯渇という表現が使われることが多い模様^^;

まあ、中には本当に枯渇してしまった鉱山もあるのでしょう(豊羽とか)が、採算が取れなくなって放棄された鉱山が本当に多いですね。

私もそうした鉱山には強い関心を持っていますが、昭和も後半の話だというのに、今では遺されている資料が本当に少なくて、、、orz

実際に掘っていた人って、どこかにいないもんでしょうかねぇ?

そうそう、道南の中外鉱山は1人見つけたので、今話を聞いているところです☆

HPの更新がてら、いずれ載せたいと思います^^

(うう、だけど時間が足りない……)
2019/11/07 20:23  | URL | Kuri #SJrrqsN.[ 編集] |  ▲ top

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Kuriさん、こんにちは~e-257

室蘭の製鉄所に運ばれていたなんて、色々繋がって面白いですよね。
素人目では、まだまだ鉄は枯渇していないように見えるけれど、採算が取れないんですね…。
いつか、再評価されることがあるのでしょうか…。

中外鉱山で働いていた方のお話は、興味深いですね!
知られていない遺構や坑口がないかも訊いてください~(笑)
2019/11/11 17:53  | URL | のん #3cXgguLU[ 編集] |  ▲ top


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